夏海笑の目指せ!Bライフ経由、まんが道

58歳のバツイチ爺。44歳でサラリーマンをドロップアウト、マンガ家を目指すことにする。以来、14年間奮闘中。54歳で寝太郎さんのBライフに出会い、感動。秩父の山小屋で自分もBライフに入る。ちょっとだけ働きながらマンガを描いて、プロを目指すのが目標。趣味は太極拳(孫式)とラーメンとデカ盛り、特撮

2017年05月

平成29(2017)年5月31日(水)










えー

最近は、ゴロゴロ寝転んで本を読んだり、たまに起きて絵コンテを描いたり、
太極拳をしたり。

まさにBライフ的な生活を戸川マンキツしている私です(^^)



しかし、太極拳の練習は、まさかの苦戦中。

・・・練習する場所が無い (-_-#) 


山の中は、案外フラットな場所や日陰が少ないです。

いいかんじの林道を見つけ、しばらくそこで練習していましたが・・・

近所の方から
「子どもがいるので、女の子なので、・・・
 ・・・怖いと言ってるから、ここでやらないでください」

と言われ、追い出されてしまいました (/。 ̄、)シクシクシクシク


||||||||||||||(* ̄ロ ̄)ガーン||||||||||||||||


そりゃー、薄暗い林道で、太極拳やってる爺がいたら怖かろう~ 


(*T▽T)HAHAHAHAHAHAHA!!!


しかし、このくらいの障害に、負けてはなりません。


日々練習場所を探して、ウロウロする私です(涙)









今描いている『ソラの拳』の主人公ソラの修行シーンを、私は
噴射のエネルギーの蓄積ととらえていますが。


私にとっての秩父の生活が、噴射のためのエネルギーの蓄積期間と
なりますように。



ご近所の方の、言っていることは分かるので、怒らないように。

平静な気持ちを保つよう、努力します。


自分の周りには、だいたい同じレベルの人が集まって来る。


このくらいの事で腹を立てているようだと、自分の周りもそういう性向の人ばかり
になってしまう。

それは避けたい。

55年の人生で、私が学んだ数少ない真理のひとつです。



ご近所の方に嫌われないように、善行の草刈りなど積んでみる。
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(/。 ̄、)シクシクシクシク














ソラの拳(76頁)↓
ソラの拳076

ソラの拳(77頁)↓
ソラの拳077


ソラの修行シーンの合間に竜のシーンを挿入しています。

別のシーンを挿入するのは、時間の経過を示すためのテクニックであります。


それはさておき。

いろいろと停滞して悩んでいると、

お前は、なぜ描くのか、と、自問してみることがあります。

しかも、なぜ少年マンガなのかと。


ほんらい、正しい少年マンガというものは、

はるかなる世界を夢見つつ、今を、現実を、生きていく少年を描くのが理想だと思います。

飛雄馬が狂気のギブスをはめられて苦しんでいた頃のように。

まんが道で、満賀道雄と才野茂が出会った頃のように。


はるかなる未来に向けて、今の自分から脱皮、というか、

脱自していく主人公を描く。

それが少年マンガだと思います。











また、

少年マンガは、マンガの中のいち分野でもありますから、

マンガとは何ぞや、という事もまた、とうぜん押さえなければなりません。


マンガというものは、

天才・手塚先生が描いたように、

人間の理想を基本にするものであり、

つまり、マンガとは生への賛歌であるべきだと思います。


それは、例えば、

ツェペリさんがジョジョと別れを告げる時に語ったように。

マンガではありませんが、モンテ・クリスト伯で

ファリア神父がエドモン・ダンテスに別れを告げる時のように。

(ちなみに、ツェペリさんの死のシーンは、モンテ・クリスト伯での
 ファリア神父の死のシーンのリスペクトであると、私は思っています)


しかし、人間不信の、人間怖い私が描くと、未来に向けて脱自する少年はともかく、
人間賛歌のような本来あるべきマンガには、なかなかなりません。

どうしても、ソラのように、ユウキのように、自分に対しての怒り、
世の中に対しての怒りのような、作品になってしまう。


つまり、どうしても、正しい少年マンガになりません。


描きたいんですけどね、本来の少年マンガ。


白い世界というか、

自分がそのように生きられなかった、明るい世界を描いてみたい。


今は、まだまだ。


でも、まんが道「あすなろ編」ラストの

「なろう」「なろう」「明日はなろう」ではありませんが、

明日は描けるようになろう、明日は描けるようになろう、と、

とにかく描いていこうと思います。














ソラの拳(74頁)↓
ソラの拳074

ソラの拳(75頁)↓
ソラの拳075


『拳意術真』第四章 形意拳 李奎垣(りけいこう)先生の要訣 第二則 より

「肩を垂らし、肘を落とし、腰を沈める。これは書法の修練における按法(=下方に
 筆をおさえる)の心と同じである。」


体に力を入れてしまうと、力を入れた部分の筋肉しか使いません。

逆に力を抜くと、全身のいろいろな筋肉を働かせられるわけで、
とくに太極拳では、「力を抜きなさい」と口やかましく注意されます(^^;

ただ、やみくもに「力を抜きなさい」と言われても、凡人の私などにはできないわけで。

で、力が抜けている指標として使われるのが、この要訣で言う、
「肩を垂らし、肘を落とし、腰を沈める。」
という状態になります。


『拳意術真』第四章 形意拳 郭雲深(かくうんしん)先生の要訣
 一則の一節 明勁 より

「練って六陽純全(=六卦すべてが陽)に至れば、剛健は極まる。
 すなわち拳中において上下は互いに連なり、手足は互いに顧み、
 内外一つとなる。」


じゃあ、力を抜いたらどうなるの?

というのがこの要訣ですね。

力を抜くことによって、体の色々なところが活動し、
「上下は互いに連なり、手足は互いに顧み」、という具合に連携し始めます。

これを「循環する」と表現しました。










「循環」というのは孫式太極拳の重要な概念であり、
「体の動きが循環する」というのも、たしか『拳意術真』で読んだと思ったのですが。


今回読み直してみて、書いてある場所が見つかりません(^^;

何か、別の本で読んだのかもしれません。


以上が、体の使い方の基本についての要訣になるかと思います。

で、この「循環」を絵的にどう演出するのか?


(-皿-#)キリキリキリキリッ!


むっ ・・・・むずかしいっ! ヽ(`Д´)ノ <ウオオオオーーー!!!


足元の渦々や回りの渦々で、「循環」を表現したつもりなのですが、


・・・なかなかうまく伝わりませんね ( ̄∇ ̄;)ハッハッハッハッ


ソラのキャラがひと味足りない。
不具の右手が「枷」として機能していない。

そういう大障害ばかりでなく、
今回のような、細かな演出が浮かばずもんもんとするようなことも多いです。



ああ、思うように、マンガが描けるようになりたい。


これ以外に、捨てねばならぬ煩悩など無い。


もとい、この煩悩は、捨ててはならない。


煩悩に背中を押されて、私はマンガを描いて行こうと思います。


「草地の黄金〔きん〕をすぎてくるもの
 ことなくひとのかたちのもの
 けらをまとひおれを見るその農夫
 ほんたうにおれが見えるのか
 まばゆい気圏の海のそこに
 (かなしみは青々ふかく)
 ZYPRESSEN〔ツィプレッセン〕しづかにゆすれ
 鳥はまた青ぞらを截〔き〕る
 (まことのことばはここになく
  修羅のなみだはつちにふる)

 あたらしくそらに息つけば
 ほの白く肺はちぢまり
 (このからだそらのみぢんにちらばれ)
 いてふのこずえまたひかり
 ZYPRESSENいよいよ黒く
 雲の火ばなは降りそそぐ」

              春と修羅/宮沢賢治 より




平成29(2017)年5月20日(土)








昨日まで雨続きだったので、汲み上げた川の水は茶色く濁っていますが、
飲むわけではないのでへっちゃら。気にせず行水(^^)
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なんだか最近、目の周りや体のあちこちがカユかったり、むくんだりしています。
足の裏も、不快にウズウズ、カユイです。

たぶん毒が体内に蓄積されているのでしょう。

そこで、毒出しの野草茶を作ることにしました。

これは、ドクダミ。
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ドクダミと言えばデトックス効果(毒出し)が有名ですが、
降圧や腎機能向上、毛細血管の強化などの効能もあるらしい。











そして、ヨモギ。
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ヨモギはいろいろな効能があるようですが、私にとってとくに必要なのは
抗ヒスタミン作用と浄血作用、発がん防止、血中コレステロール低下作用ですかね。

しかしこれらの効能は、クロロフィルという食物繊維様の成分のおかげなので、
お茶でなく、食べないと意味が無いかもしれません。


しかたがないので、生食にもチャレンジ (-_-#) 
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味は春菊ですね。

ごく若い芽を摘んだせいか、苦みはありませんが鼻にツンと香りが抜けます。
(重要な注:うまくはない)


20~30代の時は、若い葉っぱを天ぷらにして食べてましたが、
地獄のように苦かった! ( ゚д゚)、ペッ

葉っぱでなく、芽を食べるべきだったんですね。

野草食、20年以上たってもまだまだ学ぶところがあります。

そして、買っておいた干し網にも投入。
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南房総にいたときは、魚や海藻を干すのに干し網が大活躍でしたが。

捨てないで、取っておけば良かった。

まあ、買ってもたいした値段じゃないですけど。


ウチの庭は陽当たりが悪いので陰干しになっちゃいますが、うまく乾くでしょうか・・・

うまく乾いたらば、薬草茶に使えます ( ̄(エ。) ̄)。。ボタボタ


ヨモギの抗ヒスタミン効果に期待して、洗顔用の水を洗面器に張りました。
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こういうのも、地味に楽しい山ぐらし(^^)









ソラの拳(72頁)↓
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ソラの拳(73頁)↓
ソラの拳073


おっさんのモデルは、フランキー堺です。

NHKのドラマで山頭火を演じたのを観てえらい感動しまして、
いつかマンガで使ってやろうと思ってました。

月夜野竜のモデルは、キックの鬼の沢村忠。

そして、ユウキは柔道一直線の結城真吾。

じっさいにモデルがいると、キャラが立ちやすいですね。

しかし、主人公のソラはモデルを探しましたが、けっきょく見つかりませんでした。









描き始める前は、「まいっかー」くらいに軽く考えてましたが、

しかし、ここに来て、それが原因で行き詰まっています。


やはり、私の頭の中で作っただけの、「架空の」キャラは薄っぺらいですね。

キャラが弱くて、おっさんや竜、ユウキと並べてみると、かんたんに埋もれてしまいます。

実在のモデルも無く、
「繊細な性格」と「不具な手で拳を打つ」だけでは、
実体感が無かった。

架空のキャラなら架空なりに、キャラにもうひと味欲しいところ。

ここが考えどころなのですが。


まったく、考えが浮かびません。


今、こころの中は、暗黒。



この停滞が、ラスボスであってくれと、のたうち願う


今日この頃。


「いかりのにがさまた青さ
 四月の気層のひかりの底を
 唾〔つばき〕し はぎしりゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ
 (風景はなみだにゆすれ) 」

             春と修羅/宮沢賢治 より



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