2018(平成30)年7月26日(木)







狂人ルーズベルトの日米戦争というお題で
以前何記事か書きましたが

もうちょっと
書きたいと思います。


まず、時系列の流れ
ですね。


1945年5・6・7月
 日本、白旗を掲げ、和平を打診。
 トルーマン、拒否。

 トルーマン、無条件降伏を要求。
 日本、天皇の地位の保全のみを求めるが、
 拒否。

1945年5月
 フーバー、トルーマンに助言(拒否)
 「日本はもうギブアップなんだ。
  無条件降伏なんて言わないで、
  一刻も早く和平すべきだ」

1945年7月26日 ポツダム会議
 日本に最後通告


同 8月6日 広島に原爆投下。
8月8日 ソ連、日本に宣戦布告。
8月9日 長崎に原爆投下。

8月14~15日
 アメリカ、天皇の地位の保証を受諾(※)。
 日本、それ以外は無条件で降伏。
 (日本が無条件降伏を受け入れた、
  というのもウソです)

8月16日 スターリン、ソ連の北海道北部占領を
      提案。トルーマン、拒否。








えー、なんでまた狂人ルーズベルト?
と思った方もいると
思うんですけど、


原爆投下のことに
ちょっとだけでも
触れておいたほうが
よかったかな、と(^^;


狂人ルーズベルトの亡霊であるトルーマン
(以下、狂人トルーマンと略す)は、
どうしても原爆を試したかったんですよ。



アメリカの圧倒的な力を
世界に誇示したかった。


大戦後の世界を自分たちの
都合のいいように動かすために。



とくに、ソ連が台頭してくるのを
けん制したかった。


つまりは
「見せしめ」ですね。



アメリカにケンカ売ったら
こうなるんやでえ~、という。


だから、
原爆デモンストレーションが
済むまで、
日本の降伏を認めるわけにはいかず、
ズルズルと引き伸ばしました。



そして、
ソ連参戦の2日前という
絶妙のタイミングで
広島に原爆を落としたのです。



原爆を落とさなくても
日本は降伏していたというのは
一連の流れで説明しましたが、

狂人トルーマンは
戦争を終わらせる為ではなく
政治的デモンストレーションのために
広島長崎に2発の原爆を落とし、
20万人の非戦闘員を殺戮しました。


私は大戦中の
大日本帝国の非道を認める気は
ありませんが、

大戦中の日本を
人道に対する罪で裁くなら、
アメリカの原爆投下も是非
裁いて欲しい。


「勝ったから罪は帳消し」
では済まされないと思います。



これら一連の流れで思い出すのは、
やはり9.11ですね。


テロを正当化はしませんが、
それにしても9.11の報復は
ものすごかった。


直接の加害者でないイラクにまで
徹底的な攻撃が行われましたが、

(しかも大義名分だった「大量破壊兵器」は
 出て来なかった)


2発の原爆投下にも、
同じような執念というか
エネルギーを感じます。



とくに
相手が日本やイラクのような
非キリスト教国の時は
100倍返しがデフォ (-_-メ) 



アメリカのメンタリティーは
今日まで
何も変わっていないのです。


アメリカは
2発の原爆デモンストレーションによって
日本の占領をアメリカ一国で
できるようになりました。


ソ連の北海道上陸も却下できたし。


狂人トルーマン君、大満足です。


             (つづく)







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