夏海笑の目指せ!Bライフ経由、まんが道

58歳のバツイチ爺。44歳でサラリーマンをドロップアウト、マンガ家を目指すことにする。以来、14年間奮闘中。54歳で寝太郎さんのBライフに出会い、感動。秩父の山小屋で自分もBライフに入る。ちょっとだけ働きながらマンガを描いて、プロを目指すのが目標。趣味は太極拳(孫式)とラーメンとデカ盛り、特撮

タグ:ぼくのBライフ

2020(令和2)年5月31日(日)












土地さがし(みどり市他)-1


土地さがし(みどり市他)-2


土地さがし(みどり市他)-3















若年性認知症のYさんと
地元の元校長男の攻撃で
もう頭おかしく
なりそうになっていて、


いっこくも早く南房総を
脱出することばかり
考えていました。



しかし、
移住候補地の秩父には
出物は出ず。



もう秩父でなくても
いいやあ~~と、
HPを検索
しまくってましたね。


しかし、
ちょうどいいのは
無かったです。


この頃は
出口がまったく見えず
ひたすらツラかった。


日々ウツウツと
暮らしていましたよ。


今でも
このころの事を思い出すと
叫びだしたくなります!



ヽ(`Д´)ノ <ウギャオオオオーーーウ!!! 💥💥💥💥

ヽ(`Д´)ノ <ウギャオオオオーーーウ!!! 💥💥💥💥💥💥💥



では、また。





最後まで読んでくださり、
ありがとうございます ぺこ <(_ _)>


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2020(令和2)年5月15日(金)












車上生活者になりたい-1


車上生活者になりたい-2


車上生活者になりたい-3


車上生活者になりたい-4













「なぜ南房総で
 そのままBライフしなかったのか?」

なんて
よく訊かれるんですけどね。



今回はその理由を
書いておこうと思います。



理由は3つありますね。


1つめは、
漁師の手伝いとマンガの両立は
体力的にキツかったこと。


当時はまだカクゴが
できていなかったので、
マンガ家を目指していることを
回りに言ってなかったんですよ。


当時はおそろしくヘタクソ
だったので
(今もヘタクソですけど)
恥ずかしかったし、
言ったらからかわれると
思ったのです。


だから、
当然ヒマだと思われているので
思う存分使い倒される。
(そのぶん気前よく
 分け前はくれるのですが)


体力自慢の漁師たちの
手伝いはキツかったですよ。


それなりに楽しくはあったけど、
べつに魚取りをしたくて
サラリーマンやめたわけ
ではありませんので。



2つめは、
南房総は中古住宅や土地が
お高かったこと。


秩父の今住んでいる小屋を
取得するのにかかったのは、
全部で80万円くらい。


南房総は人気の土地なので、
同じことをしようと思ったら、
たぶん10倍くらい
かかりますね(^^;



3つめは
このマンガにも描いているように、
若年性認知症のYさんに
仕事中エンドレスで責められ
(当時は介護の仕事をしていた)、


家にいればいたで
近所の元校長男に
「鋸南町を南相馬のように
 してはいけない!」
とアパート前の道路で大声で怒鳴られ
もう精神的に
ヘトヘトだったのです。



いっこくも早くここを
逃げ出したくて、
最終的にはこの2人が
背中を押してくれたことに
なります。



秩父に来てからは
漁の手伝いが無くなったので、
マンガの時間が劇的に
増えました。

ほんとうに秩父に来てよかった。



秩父に来てからも
いろいろとトラブルに見舞われ、


とくに左ヒザを壊して
小屋から動けなくなった時は
絶望しましたが
(現在はほぼ完治しています)



それでも
秩父に来たことを
後悔したことは
いちどもありません。


以上かな。


南房総で
そのままBライフに
突入しなかった理由は
こんな感じなんですよ。



では、また(^^)





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2020(令和2)年5月9日(土)








今回は
マンガ図書館Z用に
カラー扉を描いて
みましたよ(^^)

Bライフ3表紙


土地探し(秩父その1)2-1


土地探し(秩父その1)2-2


土地探し(秩父その1)2-3








最後のコマでも
ちょっと描きましたけど、

20~30代の頃は
秩父に
たくさん行きましたよ。



中でも
熊倉山はなつかしいです。


25歳の頃は
自分の小心さやビクビクに
悩んでまして。



これが為に
自分は中学生の頃
イジメの標的にされたのでは
ないか。



これが直らない限り、
自分はこれからフツウに
生きていけないのではないかと
思いつめていました。



で、考えました。


もしかしたら
怖い思いをすれば
肝が太くなるのではないかと。
(肝試しの原理 (〃 ̄ω ̄〃ゞ



そして、
当時有名な心霊スポットだった
秩父に出かけました。


秩父の山の中で
ひとりで夜明かししたら
さぞかし怖かろうと
思ったんですね(^^)
(馬鹿ですね)



で、
秩父の山の中を
ウロウロさまよって
たどり着いたのが
熊倉山の滝つぼ。



そこにテント張って
ひとりで泊まりました。



いやーーー
期待通り
怖かったですよ ( ̄∇ ̄;)



滝の音が
人の話し声や足音に
聞こえたり


テントに風が
四方から同時に
吹き込んだり
(風が巻いてるだけ)


でも
いちばん怖かったのは
人が上って来る
ことでしたね。



この滝つぼに
テントを張ったのは
この道がガケ崩れで
行き止まりだったから、
人来ないだろうと
思ったからなのですが。



それでも人は
上って来る 


挨拶しても
無視されるし (>_<) 



この人たちは
いったい何をしに
上がってくるんだろうと、
ひたすら
怖かったですね (-_-#) 



で、
25歳の1年間で
4回(※)
この熊倉山の
滝つぼで
夜明かししましたが、



ただ
怖いだけだということが
わかり、
撤退しました。


※1回怖い思いをすると
 次回行く気力をチャージするのに
 1か月くらいかかる。




今でも
小心やビクビクは
あいかわらず
直ってませんが、


さすがに58歳にもなると
こういう自分を
抱えて生きる
覚悟は完了しております。


こういう
しょーもない自分を
当たり前のこととして、
私は生きていきますよ。



では、また。








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2020(令和2)年5月2日(土)










土地探し(秩父その1)1-1


土地探し(秩父その1)1-2


土地探し(秩父その1)1-3


土地探し(秩父その1)1-4















2016年8月(私54歳)。




この頃は



介護の仕事では
若年性認知症のYさんに
「死にたい」
「お前は人殺しだ」
とエンドレスで責められ



たまのお休みに
家にいると
地元の元校長男に
「美しい鋸南町を守ろう!」
「南相馬のように
 してはならない!」

産廃反対運動の
シュプレヒコールを浴びせられ



もう、
さんざんでした。



でも、


もう
人のいないところに
行きたいと、
動き始めましたよ。



精神を
すでにやられていて、
気力はまったく
無かったんですけどね。



まだ介護の仕事を
辞めていなかったので、
シフト休を利用して
片道6時間の旅です。
(オカネが無いので
 下道を行った


しかし、
さがす気力も無く


片道6時間かけて
すぐに
ユーターン(^^;



まあ、
とりあえず動いただけでも
良しとしよう


そんな感じでしたね
この日は。



まだまだ
前途多難です
この頃は。



ハイ。






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2020(令和2)年4月25日(土)











どこに住もう2-1


どこに住もう2-2


どこに住もう2-3


どこに住もう2-4














20~30代の頃は
カヌーイストの野田知佑さんに
あこがれて


あっちこっちの海や川に
出かけて行きましたね。


とくに自分は
海水より淡水が好きでした。



四万十川
興津川
吉田川
亀尾島川
気田川
そして荒川。


大好きでした。




河原でテントを張って
流木で焚火をおこし、
沢水でごはん炊くくらい
なんですけどね。



あ、
キャッチ&シオヤキも
やりましたよ。


釣った魚を
食べるんですけど、
アブラッパヤばかり
釣れるので
往生しました。


ホイルに
何でも包んで
焚火の中に突っ込んで
焼いて
食べましたね。


アブラッパヤも
ホイルに
ショーガ+タマネギ+バターと
いっしょに包んで
焼いてみたけど
ナマ臭くて食べられなかった。
(カラ揚げにするとおいしーそうです)



ジャガイモをホイルにつつんで
焚火に突っ込んだら
ジャガイモの形の
炭になったり。


吉田川で
小さなアマゴがいっぱい
釣れた時は
ゴハンに炊き込んで
食べました(美味)。




海で
水がキレイだったのは
やっぱ静岡の戸田。


あまりに海の水が
キレイなので
釣りをしながら
七輪で海水を煮詰めて
塩を作ったりしましたね。



男のロマンを解せぬ
見物人のおばちゃんからは
「不経済!」的なことを
言われましたが。
(大きなお世話)


美しい内湾の砂浜もあって、
釣りではあまり釣れませんでしたが
ヤスで突くと
30cmくらいのマゴチが
けっこう取れました。


投網を打つと
30cmくらいの
ボラも入りました。
(当時はボラがおいしーの
 知らなかったので
 リリース  )



なつかしいですね。



でも
そんなこんなが
Bライフの候補地選びに
役立つとは
思いませんでしたよ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・






野田さんについては。


30年前の当時は
インターネットも無く
一般ピープルには
知識も情報も少なかった。
(つまりは力が無かった)


だから知識や情報を握っている
権威や権力側がものすごく強くて、
それらにケンカ売ってるような
野田さんがすごくカッコよく
見えたんですね。


しかし、
犬ガクがフィラリアで死んだ頃から
洗脳が解け始め、


この人は
批判してるだけなのかもな


と、思うようになりました。


今は、
彼のライフスタイルは
カッコイイと思うものの、
考え方については
???????
な目で見てますね。



でも、


野田さんにあこがれた
20~30代の事を思うと
ひたすら
なつかしいですよ(涙




野田さん、
ありがとう。






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